エイジングに関する栄養学的研究

● 木村修一

これまでの研究成果と本センターにおける研究の概要

(1) Pantethineによる高齢者便秘を改善する研究

筆者が農学部で卒論の指導を受けたのは、鈴木梅太郎先生の直弟子の有山恒先生(東北大学農学部長をなされた東北大学名誉教授)で、卒論のテーマが「パントテン酸の運動能力に及ぼす影響」であった。ラットで遊泳時間に対するこのビタミンの影響をみたり、CoAのレベルを定量したりして、卒論をまとめたことを覚えている。大学院に進んだ頃、ナチスの捕虜収容所で生まれた子供に先天性異常児が多かったという文献を見つけ、それまで、先天性異常には遺伝的なものしかないと考えていたので、ショックを受けた。栄養欠乏でも先天異常児ができる可能性が示されたからである。胎児の時代の栄養条件の研究を是非ともしたいと考えたのだった。実験動物としてラットを用いるには高価になるので、躊躇していたが、幸いなことに、鶏の雛を国内だけでなく外国にも輸出している有名な「岩谷養鶏場(仙台市)」の社長の計らいで、無料で受精卵を使用させていただき、実験をすることができた。受精から誕生までの期間がラットやマウスと同じ21日で、母親を犠牲にせず発生過程を観察できるので、この養鶏所は素晴らしい研究所となった。発生からの時間の何日目にでも欠乏に出来る手段として、発生後の何日目でも、パントテン酸欠乏が出来るようにするため、パントテン酸欠乏を起こす拮抗物質を作り、適時に卵黄に注入する方法を考え、自分でこの物質の化学合成を行わなければならなかった。既にωーメチルパントテン酸がアンタゴニストとして使用されたアメリカの文献があったので、この化合物と数種のパントテン酸誘導体を自分で合成して実験した。受精卵の発生初期(孵化開始4ないし5日までの期間にパントテン酸拮抗物質を卵黄中に注入すると、脳、眼, 嘴(くちばし)の奇形を持つ雛が高率で生まれることが分かり、胎児時代の栄養状態が悪い条件では奇形仔が生まれることがあることがわかった。

H.Ariyama and S. Kimura; J.Vitaminol. 6.52-61(1980)
S. Kimura and H Ariyama;J.Vitamonologu 7,231-236(1981)

当時、京都大学の藤原元典教授がビタミンB1とニンニクの成分アリシンを結合させたアリナミンを作り、武田製薬から売り出されて、「活性ビタミン」として薬業界では有名だった時代で、ビタミンを基本にした流行となった時代であった。

第一製薬研究所長石黒武雄(第5代社長)が有山教授にパントテン酸の活性ビタミンについて相談に来られたことからパントテン酸の活性型として私が合成して研究していた「Pantethine」が薬品になったのだった。脂質代謝を促進することから、脂質関連疾病の改善剤として現在まで使用されている。

脂質代謝関連疾患の患者にPantethine を投与していると、便秘が改善されることが患者のほうから報告されることが多くなり臨床例として多くの報告がなされ、このことが製品説明にも書かれるようになっていることから、ラットを用いた検討を行ったところ、これまでの臨床報告を裏付ける成績ができた。

M.Hasama, S.KimuraRIKEN Accel Prog.Rep.38.115(2005)
M.Hasama, S.Kimur:RIKEN Accel Prog.Rep.38,116(2005)

(2) 食品に含まれるアクリルアミドを低減化する研究

アクリルアミドは、日本では劇物に指定されており、主な用途は紙の強度を高め、破れにくくする紙力増強剤、シワを出にくくする繊維加工などに使われている。

2002年4月、スウェーデン政府は、ストックホルム大学と共同で行った研究の結果ジャガイモのようなでんぷん等の炭水化物を多く含む食材を高温で加熱した食品に遺伝毒性および発癌性が懸念される「アクリルアミド」が生成されること発表した。その後、国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer )による発がん性分類において、アクリルアミドは 2A (人にたいして恐らく発癌性がある)に分類され、国際的にも大きな問題となっている。FAO/WHOやアメリカのFDAなども、世界の食品企業に対して対応を急ぐ警告をだしているが、具体的に法的な対応は進んでいない。

筆者は、ポテトチップスを食べる子供たちにアクリルアミドを食べさせたくないという思いから、この研究を始めたのだった。

世界中からハーブや古くから伝承薬として伝えられてきた植物成分を集め、抗酸化能などを手掛かりに、検討してきたものを対象として検討した結果、シベリアのある地域に伝えられてきた木材の成分のなかに、アクリルアミド生成を抑える物質を見出すことができた。シベリアカラマツの成分である[ Di-hydro quercetin ] である。

その後,世界的に研究が進みジャガイモに熱をかけたときの反応として、ジャガイモ中にふくまれるアクリルアミドの生成の最初の反応がアスパラギンと還元糖などカルボニル化合物と反応していったんシッフ塩基を形成することが重要であることがわかってきた。

筆者らは、ジャガイモを用いて種々の化合物でアクリルアミドの生成を検討しシベリアカラマツからえられるDi-hydro quercetin がアクリルアミド生成を抑えるのに最も効果的であることを見出した。

・特許の取得
特許 日本 特許第 5486079
中国 特許番号 ZL 2011 8 oo36607.X
ロシア 2013103341
ヨーロッパ 2586320 次の3国(ドイツ、イタリア、イギリス)
アクリルアミドの定量には質量分析のできる装置が必要であるので、もっと簡便にて医療できる装置があるとよいと思っている。
(3) フェオフォルバイド光力学作用のメカニズムと癌の診断と治療

東北の漁村では「春のアワビは食べるな、これを食べた猫は耳が落ちる」という言い伝えがあり、また、アワビとりの漁師がアワビを食べながらしごとをしていたら、全身火傷になったことが1899年の東京医事新報に発表されている。東京大学農学部 水産学の橋本教授がこの問題を究明し葉緑素の分解できる「フェオフォルバイド」であることを突き止めた。橋本教授はこのメカニズムを明らかにすることができず死亡されたので、筆者はこれに興味を抱き、そのメカニズムに挑んだ。最初にラットにフェオフォルバイド1mgを注射して可視光線下に置き、ラットの耳を落そうとしたところ、7-8時間で死亡してしまうのに驚き、その死因を検討するため、心電図をとった結果、「高カリウム血漿」によるショック死であることが分かった。全身を解剖してわかったことは、溶血だった。そこで赤血球を用いて活性酸素の分子種の検討を行った。すなわち活性酸素による特異的コレステロール酸化生成物の検討により、一重項酸素であることをたしかめ、さらに、光に関する研究の権威者である電気通信研究所の稲場文男教授の協力を得て、一重項酸素が三重項酸素に遷移するときの特異的遷移波長の近赤外域での発光の測定で、一重項酸素であることをさらに確認することができた。そして赤血球以外の細胞にたいする作用を検討するため、癌細胞で検討したところ、その殺効果が非常に高いことから、癌細胞に対する親和性をみたところ、他の臓器では注射して24時間後に最も濃度が高くなるのに対して癌組織では他臓器で低くなった48時間後に最も濃度が高くなることから、癌治療薬の可能性が認められた。

この研究はなお、1986年ハンガリー・ブダペストで開催された国際癌学会では「光力学作用を利用した癌治療」に関するワークショップのオルガナイザーおよび座長として招聘された。また、1983年 日本薬学会年会(東京大学)の特別講演で発表した。

木村修一、岩井邦久、井戸達雄,稲場文男:フェオフォルバイド関連物質による癌の診断と治療

特許 1296163 光過敏症治療剤 発明者 木村修一 特許権者 第一製薬(株)

この方法では光が届かない内臓にできた癌には対応できないので、細胞を傷めず内臓に浸透する光があればと夢見ているが、今度東北大学に設置が決まった大型放射光の機能にも期待している。

(4) その他の研究

アルコールの研究では、どうすれば悪酔いせずに飲めるか? もう少しアルコールに強くなるには何か方法があるか?

このような研究をラットを用いて行って、悪酔いを防ぐアミノ酸では発明者に名前をつらねたこともある。思いもよらず日本酒中央会から「日本酒大賞・功労章」を頂いた。

ニューヨ-ク州立大学医学部微生物教室にリサーチアソシエートをつとめたころに、サナダムシの幼虫をハムスターの皮下に注入しておくと肥満する現象を隣の寄生虫学の教授に誘われて共同研究したことがある。寄生虫が宿主にインスリン様物質を与えて脂肪合成を促進させて、自分では脂肪酸を合成出来ず、不飽和反応もできず、もっぱら宿主から脂肪をいただいているという現象を見出した研究はいろいろなところに面白い研究のシーズのあることを教えられた。

F.Meyer, S.Kimura,J.F.Mueller:J.Biol.Chem,241,18,4224-4232(1966)

加齢に関する栄養学的研究が今もっとも興味のある研究で、現在進めている課題について、農学部栄養学研究室(駒井三千夫教授)、医学部の菅原明教授、出沢真理教授と共同研究が続いている。

現在AGEs(Advanced Glycation Endoproducts;最終糖化生成物)を少なくする方法について、生体および食品を対象に進めている。

AGEsを簡便にはかれる分析器があればとその出現を願っている。
アクリルアミドもAGEsの一つと考えており、口から入るAGEsが体内の組織に蓄積する可能性が考えられるので、簡便な定量機器ができることを切に希望する次第である。

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